DARWIN ROOM の公式ホームページへようこそ! 現在一部工事中につきご迷惑をおかけしています。 2017-03-27 印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |

好奇心の森「ダーウィンルーム DARWIN ROOM」は、教養の再生(LIBERAL ARTS LAB)を理念に、選りすぐりの古書と動物剥製などの標本や、研究生活に便利な道具の販売と、専門家を招いたリベラルアーツ・カフェを行うユニークなショップ&ラボです。

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Darwin Roomコーヒー物語

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Darwin Roomでご提供するおいしいコーヒーが、どのようにして栽培され輸入されているか、物語をお話しします。

coffee story.jpg好奇心の森「ダーウィンルーム」のコーヒー豆は、世界各地のコーヒー農園をたずね、現地で味を確かめて直接買い付けをしている老舗カフェ《CAFÉ PAULISTA》、銀座で創業100年 明治43年からコーヒー豆を輸入し歴史ある日東珈琲(株)から仕入れています。その日東珈琲のバイヤーが、実においしいコーヒー豆「パプアニューギニア〈エリンバリ〉」を発掘するまでの物語をご紹介します。

美味しさの秘密はブルーマウンテンと同じルーツを持つ豆がジャングルで育つ。

パプアニューギニア光景.jpg彼ら(日東珈琲のバイヤー)は、おいしいコーヒーを求めて太平洋上に浮かぶ島、「地球最後の楽園」と言われるパプアニューギニアに足を踏み入れました。

 コーヒーへの情熱が、前人未踏の奥地へと駆り立てる

「日本人が乾季を連れてやってきた」村人はそういって彼らを歓迎してくれたそうです。彼らの到着と同時に雨季が終わって乾季に入ったらしい。標高1,800メートルのこの村は、papua-map.jpg昼間は暑いが空気は澄んでいて朝晩は冷え込む、軽井沢のような高原独特の気候だ。ここはパプアニューギニア島のほぼ中心、山間部に位置するシンブー地区の村。成田からの直行便が欠航になったため、彼らはオーストラリアのケアンズ経由でパプアニューギニアの首都ポートモレスビーへ。そこから国内線を乗り継いで港町レイへ行き、さらに車でコーヒーの集積地ゴロカを経由して、現地人.jpgようやくたどりついた。「この村にコーヒーバイヤーがやってきたのはあんたらが初めてだ」。それはこの村の人達にとって大きな意味を持っているようだった。今まで多くのバイヤーがやって来たけれど、町の輸出業者の事務所より先には誰も行かず、村まで足を踏み入れたのは彼らが初めてだったのです。 もともとパプアニューギニアは、イギリスの植民地パプアとドイツの植民地ニューギニアが統一されて出来た国であり、白人に対して不信感を抱いている様子。日本の援助によって建設された橋なども多いためか、日本人に対してはかなり好感を持っている様子。ましてや今回はコーヒーのバイヤーが初めて村まで来たわけで、村をあげての熱烈な歓迎となったのです。

現地人初のエクスポーター

現地人2.jpg 彼らを村に案内したのは地元のエクスポーター(コーヒー輸出業者)で、コンゴ・コーヒーリミテッド代表で元高校教師のジェリー・カプカ氏とコーヒーテイスターのアントン・ブーロ氏の二人。28年前までは白人支配の植民地だったので、これまでの輸出業者はすべて白人でした。ジェリー・カプカ氏は2000年 にコーヒーを輸出するためのエクスポーターライセンスをパプアニューギニア人として初めて取得。唯一のパプアニューギニア人だけで経営するコーヒー輸出会社となったのでした。

 自国民が作ったコーヒーを自国民が輸出し、最高品質を誇るエリンバリコーヒーを突破口に、コーヒーで勝負しニューマーケットを目指す。経営が支配者だった白人でないせいか、働く人々の表情も明るく感じられます。

一人のコーヒー専門家が、人々を高品質に目覚めさせた

仕分人.jpg ジェリー氏が生まれ育った村とその周辺の村の農家が栽培する豆を、直接または、バイヤー(ロードサイドバイヤー)から買い、輸出しています。現地の人だけで構成される家族経営がその中心となっています。村ではブタを崇めて大切にし、村を歩いているとその辺りを自由にうろうろしているブタと出くわしてビックリするそうです。
 そもそも、この村で高品質なコーヒーがつくられるようになったのは、1997~2000年に実施された国連グルメコーヒー・プロジェクトだった。この村は直接対象となってはいなかったそうで、その時たまたまパプア ニューギニアに来ていたコーヒーの専門家がコンゴ・コーヒーに立ち寄りコーヒーを試飲したのだから、彼らが真剣になるのは当然でした。

指導するのもされるのも現地の人。だからいい関係が成り立っている。

手の上の豆.jpg コーヒーの木は剪定しないためジャングルになり、バナナの木がシャドーツリーとして直射日光を避けている。収穫は完全に赤く熟した豆だけを手摘み。皮むきはパルパー(英、マッキンノン製)で行う。剥いた皮は肥料などに使用。地面から離して台の上で天日乾燥させることにより余計な湿気を防ぎ、早く乾かすことができる。このとき、良くない豆は手で抜き取っています。
 注目したいのは、コーヒー作りのレベルに応じてユニフォームのシャツの色が決め られていること。 青シャツは高品質の「エリンバリ」が作れる人にだけ着る事が許されている。白シャツはまだまだ初心者。

忘れられない一杯のサンプルコーヒー。あの時の味とついに再会。

カフェ席.jpg 彼らのパプアニューギニア行きのきっかけは、ある知人からいただいたサンプルコーヒーだった。
「なかなかいいコーヒーだから試してみて」といわれて飲んだコーヒーが濃厚なチョコレート系のスパイシーなものだった。一口飲んですぐその味に惚れ込んでしまい「これはどこのコーヒーですか?」と訪ねると、「パプアニューギニアだよ」と知人は笑っていった。その時から彼らはこれを求め続けていたのだそうです。その知人こそ、ジェリー氏のコーヒーを酷評し、美味しい コーヒーの作り方を指導した人物だったのです。

世界に誇れる高品質コーヒー。それが「エリンバリ」。

コーヒー豆.png ここで作られる最高品質の「エリンバリ」の特徴は、こってりとしたチョコレート系でエキゾチックな香味、スパイシーさの入り交じった印象で、飲んだあとの後味も甘く、心地よい。 ページトップへ カップテストでは通常口に含んだあと吐き出すのだが、つい、 いつもの日本での調子で飲み込んでいたら、さすがに強いコーヒーなので、その夜は眠れなくなってしまいました。いや、それだけではなくうまいコーヒーに出会って興奮していたのだろう。このまま寝ないで日本にこのコーヒーを届けたい。そんな気持ちで胸がいっぱいになったそうです。

ブログでもご紹介しました。

このように好奇心の森「ダーウィンルーム」のコーヒーは、中間業者がなくお互いの顔が見えるシンプルな関係で輸入されています。

[輸入・焙煎元]
日東珈琲株式会社
東京都中央区新川2丁目9番5号第2中村ビル6F
TEL03-3553-2341
明治43年にブラジル共和国サンパウロ州政府よりコーヒー豆の継続的供与と東洋に於ける一手販売権を受け、ブラジル珈琲発売所カフェーパウリスタとして創業。明治44年銀座にオープンのカフェーパウリスタ(CAFÉ PAULISTA)銀座店は創業100年の老舗カフェ。

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